第二章

 

 

 翌日。ハルキと美和子はいつも通り待ち合わせ、一緒に登校した。

 高校でも、もう2人は公認のカップルだった。

 美和子は、いつも以上に顔がほころんでいないかどうか、何度も家の鏡でチェックした。

 あまり浮かれていると、勘の鋭い女友達の誰かに、昨日のことを感づかれるかも知れない。

 校門前で2人は分かれ、ハルキはサッカー部の朝練へ、美和子は教室へと向かった。

 
「おはよー、美和子」
「あ、おはよー」

 
 まだ時間が早かったが、教室にはもう、何人かやってきていた。

 
「今日、ハルキくんは一緒じゃないの?」
「あ、朝練だから、途中まで」
「なーんだ、やっぱ一緒に来たんだぁ」
「なによ、一緒に来たらダメなわけ?」
「いーえいえ、とんでもございません」
 片眉をあげ、女友達の1人がふざけた口調になる。
 からかわれるのはいつもの事だ。

 みんな気の置けない友達だったが、それでも、昨日の『初めて』のことだけは、口が裂けても言えなかった。この学校は、基本的に不純異性交遊を禁じている。おままごと程度のデートなら大目にも見てくれるだろうが、まだ高校生の男と女が、ラブホテルでセックスをしているなんて事が知れたら退学ものだった。まして、ハルキはサッカー部の期待の星であり、2ヶ月後の全国大会では、かなりの期待が内外から寄せられている。

 
「よ、高橋。早いな、今日」

 
 声。美和子は、振り返らないように努力した。

 声の主は分かっている。

 ──────クラスの嫌われ者、山岡一郎だ。

 半年前、彼は執拗に美和子に絡んできて、間に入ったハルキと大喧嘩をやらかしている。山岡は大柄で、少し小太りの不良だ。魚の死んだような目はどろんとしていて、とても気持ち悪い。ニキビだらけの団子鼻の下には、分厚い不格好な唇。二段顎。空手をかじっているらしく、昔からケンカの強かったハルキとも、殴ったり殴られたりと結構いい勝負をしていた。

 
「おーい、無視すんなよ。朝の挨拶だよ」
 美和子はため息をつき、仕方なく振り返った。いつも数人で群れている山岡は、珍しく1人で机の上に座っていた。まだ朝が早いせいかも知れない。彼は美和子の顔を見ると嬉しそうに「ひへっ」と笑い、ラフに着崩した制服のポケットから、小さな機械を取り出した。手のひらにちょこんと載ったその機械からイヤフォンが伸び、山岡の耳におさまっている。
「………? それは」
 反射的に、美和子。
「ウォーク●ンだよ。ネットウォーク●ン。最近買ったんだ、メモリ式で、パソコンとかから音楽データ入れるタイプのやつ」
 それなら彼女も知っていた。
「山岡、ダメじゃん。そんなの、ガッコ持ってきてさ、先生に取り上げられるよ」
 女子の1人が指をさす。
「へん、バレるわきゃねーって。これ、イヤフォンが優れものでさ、結構いい音すんだよ。高橋、ほら、試してみ」
 イヤフォンの片方を、美和子に差し出す山岡。こんな男の耳に挟まっていたモノを、自分の耳に入れるのは少々抵抗があったものの、ここで断ればまたややこしい事になるかも知れなかった。嫌そうに顔をしかめつつ、彼女は差し出されたイヤフォンを摘み、自分の耳に入れる。
 

 瞬間、美和子は硬直した。

 
『─────ん、大丈夫。ハルキの………感じるよ、中』
『あぁ…………美和子の中、すごい、気持ちいいよ──────』

 

「なぁ? いい音してんだろぉ?」
 山岡の声が遠い。


 何ヲ、聴イテイル?

 ワタシハ、何ヲ、聴イテイルノ………?

『あ、あぁ、あぁああ、出る、美和子、美和子ぉっ』
『は、ハルキくんっ………────────』

 

 ばっ

 美和子は乱暴にイヤフォンを外し、そのまま動かなくなった。小刻みに身体が震えている。
 呼吸が速い。
 山岡はゆっくりと、嫌味なぐらいゆっくりと美和子の手からイヤフォンの片割れを受け取り、再び自分の耳にかけた。
「さすが天下のSO●Yだよな。圧縮しても、この音質。臨場感があって、いい感じだろう?」

 ただでさえ嫌らしい山岡の顔が、更に醜悪に歪んでいく。

 美和子は、目の前が真っ暗になっていくのを感じていた。

 

(なんで、なん、で…………どうして)

 
「さぁーって! 授業がはじまるまで、散歩でもしてくっかなぁ〜」
 眠そうに伸びをして、山岡はすたすたと教室を後にした。
「なぁーに、アイツ。変な奴」
 女子の1人が、馬鹿にしたような口調で。
 しかし、美和子はそれどころではない。
 去り際、イヤフォンを返す時、山岡が彼女に小さな紙切れを渡してきた。
 美和子は努めて何でもない、といった風を装い、級友達と談笑しつつ、さりげなく手のひらの中の紙切れを覗いた。

 

【今日 午後5時 三浦公園で待つ】

 

 彼女は、行くしかなかった。

 

 

 

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